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公演  2018-09-09 (日)

夙川座9月公演

「ふたりのヨシコ 李香蘭と男装の麗人」
 やっと脱稿しました。
 この2週間、私にしては結構時間をかけて作った台本です。
 時は1940年代。
 舞台は中国東北部、いわゆる満州。...
 とあるパーティ。
 モーゼル銃を振りかざす日本人馬賊と共産主義から転向した満映の映画監督の再会、そこに当時トップスターだった李香蘭と妖しげな男装の麗人・川島芳子がからみ、その背景には満州の陰の皇帝と言われた甘粕正彦がいて、朝比奈隆の名前も挙がり、そして敗戦……
 思えば、ずっと、こういう物語を書きたかった。
 10歳で毛沢東思想にハマり、北京から取り寄せた緑の公人帽をかぶった私は、父の経営する喫茶店「ムンク」によせて「ムンクの紅衛兵」と言われていた。
 ガキのくせに、いわゆる「シナ通」である。
 この「シナ愛(シノワズリー)」は20代前半まで続いていたから、当然、その筋からの接触もある。
「工作員(スパイ)にならないか」
 と、露骨には言わないが、まあ、ここには書けないことが(命が惜しい)、いろいろ。
 すぐに天安門事件が起こって日本国内の工作組織がグチャグチャになり、この話は立ち消えになった。
 まあメデタシ、メデタシってことで。
 そういう私の経験からして、戦前の満州に生きた人々の人生は他人事じゃない。
 李香蘭や川島芳子の生き方を、今の価値観で批判するのはたやすいけれど、その当時を、彼女らが生きた当時の情勢と価値観で生きてみたらどうだろう、他の選択肢が有り得ただろうか。
 といって、私は、李香蘭(山口淑子)と川島芳子の生き方・死に方に、一片の共感も覚えるものではない。
 むしろ、調べれば調べるほど、ある種の軽蔑に似た感情を持ってしまう。
 こいつら、バカだな、と。
 早く逃げれば良かったんだよ、と。
 俺のように。
 しかし、その選択肢は彼女らにはなかった。
 時代も価値観も違う。
 だからこそ、私には、彼女らが、限りなく愛おしく感じられてならない。
 死んだもの、生き延びたもの、どちらも、同じように愛おしい。
 時代に翻弄され、利用され、殺され、生き延び、どうしようもない運命を生きた二人。
 私は李香蘭と川島芳子を美化しているだろうか。
 もちろんである。
 死者を悼むとはそういうことだ。
 こう生きて欲しかった、こう死んで欲しかった、そういう美化こそ、悼むという行為だと、私は思う。
 それは時代の美化とは根底的に違う。
 あの時代に生きたいかと言われれば、それは嫌だと答えるが、それでもあの時代に生きた人々の人生を愛していたい。
 そんな気持ちを今回の舞台にしました。
「ふたりのヨシコ 李香蘭と男装の麗人」
 私のこれまでの人生の総決算となる舞台です。

2018.12.17 Monday